先日、バスの運転手さんのOJTに出くわした。
運転席の脇に同じバス会社の制服を着てクリップボードを持った人が立っていたので、「あぁ、OJTだな」と分かったし、運転手さんは年齢を重ねて運転手を志したと思しき方だったので、「頑張ってね」と心で応援していた。
それにしても、バスの運転というのは大変だ。
発車するためドアを閉めるだけなのに注意を促すアナウンスと安全確認、発車前の指差し&声出しで安全確認(指差喚呼/称呼などと言うらしい)、信号で止まるだけなのに「止まりますよ」と乗客に注意を促すアナウンス・・・と、普通の運転と比べてもやることがいっぱいだ。
昨今、年齢を重ねるに従い、複数のことを並行してこなしたり、細かいアレコレを覚えておいたりするのが難しくなってきたことを痛感しているが、新人運転手さんはこんなにたくさんやることがあるなんて大変だなぁと思いながら、見るともなしに、運転手さんのOJT状況を見守っていた。
・・・が、様子がおかしい。
発車からものの数分で、運転手さんについているOJTトレーナーのテンションが、上がり始めている。
OJTトレーナー:「『バスが止まりますのでご注意ください』って言って」
運転手さん:(少し間が空いた後に)「バスがt・・・」
OJTトレーナー:「もう遅い。いいよ、もう言わなくて。止めて」
聞こえている。なまじ運転席の近くに立っていたものだから、OJTトレーナーの荒ぶった生の声が聞こえてくる。
大人である運転手さんが、こんな言われ方をしているのを見るのは、実にいたたまれない気持ちになる。
しかも1回だけではない。停止・発信・右左折のシーンでこれと似たような荒ぶった指示が繰り返される。新人運転手さんをこっそり応援していただけに、いたたまれない気持ちは募る。
このような荒ぶったトレーナーによるいたたまれないOJT場面に出くわすことは、実は初めてではない。
コンビニエンスストアのレジでもまごつく新人スタッフさんがOJTトレーナーにあれこれ言われる場面に出くわしたことがあるし、カフェチェーン店でも注文の復唱を間違えた新人スタッフさんがOJTトレーナーに「ちがう、〇〇!」と言われる場面に出くわしたことがある。飲食店のカウンター席などは、いたたまれないOJTのアリーナ席だ。
私はバスが減速すれば「止まるのかな?」と予測して重心を落とすことができるし、コンビニのレジで数秒ロスしても許容できるし、カフェで注文復唱を間違えられても「いや、〇〇です」と自分で訂正できる。だからそんなに完全無欠なオペレーションなど求めていない。
であるにも関わらず、いたたまれないOJTは、そこここでおこなわれている。
もちろん、OJTトレーナーが正しいことを言っているのは間違いない。
そのサービスを提供する者として完璧なオペレーションとは、そのOJTトレーナーが言うようなことなのだろう。
でも、OJTトレーナーが言うことができるようになるまでに、叱り・叱られる姿をエンドユーザに晒していいかというと、それは違う。なぜなら、エンドユーザや周囲の人はいたたまれなくて不愉快だし、多くの人は不愉快な思いをしてまで完全無欠なオペレーションを提供されたいなど、思っていないからだ。
■いたたまれないOJTの問題点
OJTとは、On the Job Trainingの略で、実際の業務を通してトレーニングを積むことを言う。
自転車に乗れるようになるまでに、
・両手でハンドルを握って、サドルに腰かけて、左右交互にペダルを踏みます、と教えるのは「OFF-JT」
・誰かに自転車を押さえて&押してもらいながらハンドルを握ってペダルをこいでみるのが「ON-JT」
とお考えいただければ良い。
多くの職種で取られるトレーニング手法だが、接客業のOJTとなると、トレーニングの状態でエンドユーザと接することになるため、荒れたOJTによる、いたたまれない光景が見られることになる。
いたたまれないOJTが及ぼす影響は大きい。
〇エンドユーザー
・自分のせいでOJTトレーナーの人を怒らせた?などという、いらぬ不安や申し訳なさ
・OJTの様子が怖いから、もうそのお店にはいきたくない、などの顧客離反
〇トレーニー
・焦ることで、より挙動が乱れる
・指示が荒れるので、結局どうするのが良かったのかが分からず学びにつながらない
・お客様の前で恥ずかしい思いをするので仕事が辛くなる
誰にとっても良いことなどない。
■OJTトレーナーが荒ぶる理由
忘れられがちだが、OJTは難しい。
OJTトレーナーを経て研修(OFF-JT)トレーナーになるケースもあると思うが、研修トレーナーは教えるべき内容が固まっていて、条件が制約された中で教えることができる。つまり不確定要素が少なく、予測可能な状況でレクチャーをすることができ、その意味では難易度は高くないと言える。
一方、OJTトレーナーは何が起こるか予測ができない実戦の場で、トレーニーに業務を遂行させ、その結果としてスキルを身につけさせることが求められる。
そう考えると、OJTトレーナーというのは実は難易度が高い。この難易度が高いことによって、時としてトレーニーを引きずり回すようなOJTが生まれることになる。
この難易度の高さは、OJTは実戦の場であるということが大きな要因ではあるが、その実戦の場で満点を取らせようとしてしまうこともまた、実は難しさの要因の一つになる。
先ほどのバス運転手のOJTの例でいえば、本来、安全なブレーキのかけかたで停車できれば合格点なわけであって、ほんの少しの遅れも許さず絶妙なタイミングでアナウンスを入れさせることは、満点を目指す時にやることなのだと思う。クリアすべきラインをきちんと超えることができているのに、満点を目指すためにエンドユーザを驚かせてまでおこなう指導は、エンドユーザからすれば、本末転倒であると言える。
OJTトレーナーは実戦で優秀な人が務めることが多いことから、最低限クリアすべきラインに到達するだけではなく、どうしても自分と同じクオリティを求めてしまうものなのかもしれない。実戦の中で満点を求めるがために指導に熱が入りすぎ、エンドユーザの存在や視点を忘れてしまうことにより、荒ぶるOJTトレーナーが誕生する。
■荒れないOJTのための心得いくつか
コンタクトセンターもご多分に漏れず、OJTを取り入れている。根性論も含めではあるが、少しでも穏やかにOJTを進められる心得や方策を書いておきたい。
① ロールプレイを充実させる
OJT前に本気でロールプレイをおこない、正しい動きを体に染み込ませておこう。
よくないロールプレイとして、
・設定がノーマルすぎて、まったく脳を使わない
・ロールプレイをする者たちが馴れ合ってしまい、マニュアルやスクリプトをなぞって終わってしまっている
というものがある。
ロールプレイこそ、実戦さながらの設定と気合いで取り組むべきだ。それがトレーニーの身を守ることになる。
② OJTで超えるべきミニマムのラインを設定する
OJT中のトレーニーが、ベテランと同じことができるわけがない。
OJTで身につけるべきラインを明確にし、まずはそこを超えることを目標とした方が良い。
それ以上を求めることがむしろマイナスに作用してしまうことは、上でお伝えした通りだ。
特にOJT中はトレーナーが入れ替わることが多い。複数のOJTトレーナーの目線をそろえるためにも、この対策はお勧めだ。
③ OJTトレーナーも見られていることを忘れない
対面接客だけでなく、コンタクトセンターのOJTトレーナーもその存在が見えてしまうことがある。
・トレーニーが対応中に強引な指示を出してしまうことで案内が乱れ、操り人形感が出てしまう
・OJTトレーナーの声がマイクに入ってしまう
言わされている感満載の対応など、だれも受けたくはない。
④ 顧客対応中はフォロー、対応終了後に指導
トレーニーが対応中は、OJTトレーナーはフォローに徹しよう。お客様と対応をしているので色々言いたくなる気持ちもわかるが、それをしてしまうと余計にお客様にご迷惑をおかけする。
対応中はスムーズに対応を終えることに注力し、指導すべきことは、対応が終わった後に伝えよう。
対応後に改善ポイントを伝えることで、次の応対に活かしやすいという効果も生まれる。
ある意味お客様の胸を借りるのがOJTであるといっても過言ではない。
お客様への感謝や配慮を忘れず、トレーニーにとって良い経験となるOJTが実現されることを願う。
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