PROJECT 03

トータルテレフォニーソリューション「Omnia LINK」が
コールセンターを変える

ビーウィズがグループ会社と協業して開発したクラウド型のトータルテレフォニーソリューション「Omnia LINK(オムニアリンク)」。コールセンターにおけるオペレーターの作業負荷軽減やスーパーバイザーの管理業務を効率化できるこの革新的なソリューションは、転換期にあるコールセンター業界に大きなインパクトを与えるものといえる。
そんな「Omnia LINK」の開発・外販化実現の裏には、どのような物語があったのだろうか…。

  • 安藤智
    事業推進本部 プロジェクトマネージャー

  • 土屋進之介
    営業本部 第1営業部 第2ユニット シニアマネージャー

オペレーターが使いやすく、作業効率も上がる電話交換システムを目指して

コールセンターの業務に「欠かせないもの」の1つに、お客様からの外線電話をコールセンター内の各電話機に振り分け、内線電話を自動的につなぐ「電話交換システム」がある。コールセンターという仕組みがアメリカで誕生した経緯もあり、日本国内のコールセンターにおいても、海外製品が占める割合が大きい。
ただ、ユーザーフレンドリーの面で満足できない点があると、後にOmnia LINKの開発に参加する安藤智は感じていた。

「コールセンターのオペレーターや、それを管理するスーパーバイザーやシステム担当者の視点から見ると、システムが非機能的であることや、機能の進化や追加が思うようにならない点が問題でした。製品が非常に高価なこともあって、より機能的で、効率的な業務が可能になるシステムがあれば、すぐにでも移行したいというのが本音でしたね」。

電話と音声認識の機能を連動させて、リアルタイムに対応内容を文字として記録できれば、作業効率は大幅に上がる。だが、そのような機能の改善は、技術的には可能であるものの、どうしてもメーカー任せになってしまう部分が多く、なかなか実現に至らずにいた。

ビーウィズで使用していたシステムの契約更新時期が迫っていたある年、電話交換システムの契約更新か終了かをめぐって、社内で激しい議論が交わされた。だが、数的には既存システムの「更新派」が優勢で、現行維持のまま話はまとまろうとしていた。

そんな中、風向きが大きく変わる出来事が起こった。システム会社であるアイブリットと協業し、自分たちが本当に必要としているシステムを、自分たちで開発する機会を得たのだ。このチャンスにビーウィズは既存システムの契約を更新しないことを決断。自社での電話交換システム開発に舵を切った。

すぐに開発チームが組成されることになったが、そのメンバーに異色な人材が選出された。15年以上コールセンターで業務を経験してきた安藤だ。文系出身の彼にとって、システム開発はまったくの畑違い。本人も「声をかけられた瞬間は、本当に驚いた」と振り返るほど異例の抜擢だった。

「こうした先進的なシステムに興味はありましたが、自分にはできないことだと思っていました。しかし、オペレーターが使いやすく、欲しい機能が搭載されていて、作業効率も上がる電話交換システムを開発するのであれば、私の現場経験が役に立つはずだと考え、この打診を快諾しました」。

この後、約9カ月の開発期間を経て、電話の受発信や録音、消費者との会話のリアルタイム記録作成など、コールセンター業務に必要な機能を実現したクラウド型IP-PBXの「Omnia LINK」が完成。そのシステムには、安藤が思い描いていた理想の機能が、存分に反映されていた。

何気ない会話から生まれた「Omnia LINK」外販第1号

こうして誕生した「Omnia LINK」は、ビーウィズ社内に導入され、すぐにコールセンターの作業効率改善、オペレーターの負担軽減などの成果を上げた。日本のコールセンターに適した「Omnia LINK」は、ビーウィズのこれからの主力商品の1つになり得る。社内でそんな思いが強まると同時に、次なるプロジェクトが動き出した。それは「Omnia LINK」の外販化だ。

営業本部・第2営業部・第1ユニットのシニアマネージャー土屋進之介は、この急な社命に驚きを隠せずにいた。

「確かに『Omnia LINK』を導入すれば、オペレーターの負担が軽減にされて、コールセンターの作業効率改善が実現します。結果として、サービスをより安価で提供できることになるので、お客様にも大きなメリットを提供できます。しかし、社内で実績は出ていたものの、それ以外にアピールする材料がない。それにビーウィズには、コールセンターというサービスを販売するノウハウはありましたが、モノを売るノウハウや経験はなかったので、どうすればお客様に興味を持っていただけるのかわからず、当初は先が見えない状態でした」。

土屋は、お客様に「Omnia LINK」を紹介しても、技術的な質問されたときに明確な答えを用意できない点や、販売後のことも懸念材料だったという。

「きちんと稼働すればいいのですが、消費者からの電話が万が一切れたり、つながらなかったりしたら大変ですから、かなり難しい営業になると思いました。でも、困っているだけでは何も始まらない。とにかくチャレンジすることが大切だ、と自分に言い聞かせて前に進みました。会社の未来がかかっているともいえるプロジェクトですから、やりがいは大きかったですが、電話交換システムの入れ替えはタイミングの問題もあるので、とにかくきっかけをつかむのに苦労しました」

そんな土屋の状況を打開したのは、得意先での何気ない会話だったという。

「コールセンター業務の提案をした後の雑談で、『実は今、弊社でこんな電話交換システムを使用しているのですよ』と軽くお話ししたら、『詳しく聞かせてほしい』と興味を持っていただけたのです」

偶然舞い降りたきっかけを土屋は逃さなかった。土屋はすぐに安藤を連れて、改めて得意先に赴き「Omnia LINK」について詳しく説明した。ちょうどその得意先が、他のシステム会社と電話交換システムの契約更新を進めていたことも功を奏し、「Omnia LINK」の外販契約を締結。その年の6月1日から稼動開始が決定した。

この件について「得意先は、ビーウィズならコールセンター業務に詳しいから、細かいカスタマイズの要望にも応えられるだろうし、フットワーク軽く対応すると、判断されたようです」と土屋は分析。一方の安藤は「システム会社や電話機器のメーカーではない、アウトソーサーであるビーウィズのシステムということが新鮮で、評価されたポイントだと思います」と勝因を語っている。

Omnia LINKを進化させて、よりコールセンターをよいものに

契約を勝ち取った安藤と土屋たちだが、これでプロジェクトが一段落ついたわけではなく、もう1つ大きな山を越えなければならない状況にあった。「Omnia LINK」の納品に向けた社内作業だ。初めてのこと、さらに短期間での納品とあって、その過程はかなり険しいものだった。

「納品までの時間が少なく、安藤さんたちは大変だろうと申し訳なく思っていました」と土屋は当時を振り返る。実際に手を動かしていた安藤たちには、戸惑いも少なくなかったという。

「何しろ初めてのことですから、勝手がわからず、思うように進まないこともありました。電話を保留にしたり、転送したりする手順にしても、会社によって微妙に異なるので、カスタマイズが必要でした。結局、カスタマイズした項目は40~50に上りました。納品までにもう少し時間がほしかったのが正直なところですね(笑)」。

得意先の複雑なオーダーに応えるための作業は、急ピッチで進行。大がかりな作業も少なからずあったが、無事に期日納品にこぎつけた。それでも、「稼働初日の6月1日はドキドキした、忘れられない日になった」と、ふたりは口をそろえていう。

「Omnia LINK」の外販第1号が生まれたことによって、安藤は「事業をこのまま進めても問題ないことが確認できました。これからは新しい技術の開発、現行のシステムの改善・レベルアップ、『Omnia LINK』で収集できる多様な情報の活用などに、注力していきたいと考えています」と、今後に自信をのぞかせている。ビーウィズでは、すでに研究・実験を専門におこなう「データサイエンスルーム」を社内に設置。新しい技術の研究や情報の分析などに当たる予定で、AIを活用した「機械学習」の研究も進めていく。

一方の土屋も「外販の実績ができたことは貴重ですし、ビーウィズとして自信も生まれました。実績はお客様への説得力にもなりますから、まずは多くのお客様に『Omnia LINK』を知っていただきたいと考えています。これからも、コールセンターの運営品質を向上させるための機能がリリースされますから、プラスαの提案ができるようにしたいですね」と、「Omnia LINK」外販への抱負を力強く語る。

「これからリリースされるのは、seekassistといって、お客様からの質問に対して、FAQ(よくある質問と回答)を自動で検知し、回答例を画面に表示させるという機能です。これが実現されると、コールセンターのオペレーターにとってはとても心強い機能となるはずです」。安藤は「Omnia LINK」をコールセンター事業に次ぐ柱にするため、こうした便利な機能を随時追加していくことで、お客様のニーズに応えていきたい、と今後の抱負を語った。

安藤智
コールセンターのスタッフとしてビーウィズに入社。マネージャー職などを経て現在は、グループ会社に出向しながらOmnia LINK開発の進行・運用管理を担当している。

土屋進之介
営業本部シニアマネージャー。Omnia LINK外販プロジェクトの最先鋒として最初の外販実績を記録した。